Engineering Tribology Gwidon W. Stachowiak and Andrew W. Batchelor


10/18 発表分 担当者:佐藤 真平 寺嶋 陸 佐藤 真吾 柴野 雄介


佐藤 真平 訳分


 多くの実用例において、動圧潤滑や弾性流体潤滑のどちらもが効果的に作用しないケースが見受けられる。このとき考えられることは、いったいどのようにして機械要素が潤滑され、さらにそのときどのような潤滑メカニズムが作用しているであろうか?ということである。この章ではこのような状況下において作用していると考えられている潤滑モデルについて扱う。このような潤滑形態を古くから「境界潤滑」や「境界および超高圧潤滑」と呼ぶが、いずれの用語も基礎的な潤滑メカニズムが明らかになる以前に考案された名称であるので、実際に働いている機構を正しく記述しているとは言えないものである。吸着、局所表面における粘度上昇、非晶質層や犠牲層などといった、特殊な潤滑形態がこのような潤滑レジームに広く組み込まれており、機械の滑らかな動作と信頼性を確かなものとしているのである。これらの実際に用いられている潤滑の重要性とは対照的に、これらの潤滑形態やメカニズムの理に関する現在の理解は不正確なものである。金属ギア、ピストンリングや切削工具など不可欠な技術部品の多くが、過酷な摩耗、高い摩擦係数や焼き付きなどを防ぐために、これら潤滑形態のひとつ以上を基に成り立っているのである。

 境界および超高圧潤滑は複雑な現象である。表8.1に示すように、関連する潤滑メカニズムは相対的な許容加重と限界摩擦温度により分類される。この章ではこれらについて説明する。

 通常、これら潤滑メカニズムは潤滑油中に存在する添加物により制御される。機械や装置の価格に比べてこれら潤滑添加剤のコストは無視できるため、これら潤滑によってもたらされる商業的利益は非常に大きなものとなる。

 一般的に、境界および超高圧潤滑は摩耗面に低摩擦の保護層を形成することで成立している。唯一の例外は局所表面粘度上昇が発生しているときであるが、これは次項で述べるように非常に限られた場合にのみである。

 境界潤滑の働きと原理は、摩擦係数について考えることによって最も上手く説明できるかもしれない。摩擦係数μは、摩擦力Fと垂直加重をWの比として表される、即ち

 μ = F/W (8.1)



表8.1

温度      加重        潤滑メカニズム


        低い        接触面に近い点で粘度上昇が発生する。潤滑剤の種類によらない。

低い

        高い        界面活性剤の単分子吸着層が接触面を覆うことにより摩擦が低下する


                  潤滑添加剤と金属面間の化学反応によって摩耗面上の粘性物質と石鹸層
                  の不可逆変化が発生する

        中度        ある特定の潤滑添加剤と基油によって局所表面粘度上昇が発生する

                  金属面と添加剤間の反応によって形成される、細かく砕かれたデブリ
                  によって形成された非晶質層の形成

高い

                  潤滑添加剤と金属面間の化学反応

        高い

                  摩耗面上に無機物質による犠牲層が形成により、金属同士の接触と
                  過酷な摩耗が予防される。


 接触面は凹凸によって形成されているので、個々の凸同士は「ドライ」な状態で接触しており、「真の」接触面積の総和はこれら接触している個々の凸同士の和である。摩擦力の主な成分を、凸同士の凝着(ほかの効果、例えば掘り起こしなどは無視する)と考えれば、摩擦力は下記のように表される。

F = At・τ

ここで

F 摩擦力[N]

At 真実接触面積[m^2]

τ 素材の有効剪断応力[Pa]

加重は接触面積を用いて、

W = At・py

ここで

Py 素材の塑性流動応力(押し込み硬さに近い値となる)

これらから

μ = τ/py (8.2)


 この単純なモデルは境界潤滑の基本原理を説明するものである。式(8.2)より、低い摩擦係数を達成するためには、低い剪断強度かつ高い硬度が要求されるが、これらは明確に相反するものである。しかし、もし低い剪断強度の層が高い硬度を持つ表面上に形成されれば、低い摩擦係数を達成することは可能である。すなわり、より有り体に言えば境界および超高圧潤滑の基礎理論とは、低い剪断強度の潤滑層を、高い硬度を持つ基盤上に形成するということなのである。これはほとんどの材料に於いて、τとpyの比が大きく変わらないため、材料の種類を帰ることが摩擦に対して大きく影響しないという事からも明らかである。



8.2 低温度ー低加重域での潤滑メカニズム


 古典的な動圧潤滑は、非常に広い速度域と加重域において潤滑状態での接触を維持することができる。しかしながら、面間速度が低下するにつれて膜厚は低下し、最終的には相手面の凹凸より薄くなってしまうという限界に達する。このプロセスはストライベックにより研究されており、既に第4章で述べたとおりである。

  低い速度域かつある特定の条件下において、相手面との直接接触は局所表面粘度上昇を含むメカニズムで防止されることがある。言い換えれば、例外的に高い粘度を持つ液体の薄い層が摩擦面に形成されるということである。結果、動圧潤滑もしくはそれに類似した潤滑により、面間接触が防がれ、過度の摩耗を防止し続けることが可能になる。このようなケースでは、図8.1に示すように線状の炭化水素分子が、自ら摩擦面に対して垂直に配向することで潤滑、保護を担う層を形成している。分子には極性があり、反対端は分子のペアを作るように引き寄せられる結果、粘性層を表面に形成するのである。特に摩擦面が金属の際には、分子の自由端が表面に引き寄せられる力は層全体をしっかりと表面に固定するに足る力となる。


 表8.1 低温度ー低加重域での潤滑メカニズム


  固体面間の直接接触を防止するためには、線状の分子構造をもつ炭化水素がその他のものより効果的であることが判明している。回転時間の平方根を関数として、パラフィン系潤滑油とシクロヘキサンを用いたときの回転する平行円盤間の膜厚の変化を図8.2に示す。第4章で説明した動圧潤滑の理論によれば、膜厚の減少は回転時間の平方根に比例する筈であるが、図8.2から分かるようにこのような線形関係はすぐに消失するのが分かる。MS-20潤滑油は、ほぼ直鎖状のパラフィン系分子を含み、シクロヘキサンより厚い膜厚の形成と維持を可能にしている。シクロヘキサンは直線上ではない分子構造を持ち、これが分子の直線的な配向を妨げてしまうために固体面間の接触を防ぐ効果が低いのである。

  この潤滑メカニズムが効果的に働くのは低温度ー低加重域に限られる。図8.2に示すデータは接触加重が0.4MPaで得られたもので、更なる実験の結果、接触加重が2MPaを超えるような場合では残留する膜の厚さは非常に薄いものとなってしまう。接触加重は1GPaというようなものも広く見受けられるため、この潤滑メカニズムの不利は明らかである。温度も保護膜に対して不利な影響を及ぼし、比較的低い50℃という温度でも膜厚の極端な低下が発生することが分かっている。このように、このタイプの境界潤滑が発生するような実用例は極端に限られているため、この分野はあまり技術的興味を刺激せず、結果として多くの研究者からも無視される傾向にあると言える。


 図8.2 耐久性のある膜の形成が、表面上に配向分子膜が形成されたことを示している。




寺嶋 陸 訳分



 8.3 低温度-高荷重での潤滑メカニズム


 低温度、高荷重で働く潤滑のメカニズムは、考慮すべき実際的な重要性がある。それは一般的に“吸着潤滑”のように知られている。この潤滑のメカニズムは、最大1GPaまでの接触圧力で、100~150℃の間の比較的低い表面温度では、かなり効果的である。吸着潤滑は水力学とは違い、弾性流体潤滑(EHL)または均一な粘性層は、前のセクションで、対立する接触面は、厚い層の流体と離れていないと記載された。単分子の層は、接触面と離れている。そして、粗い接触のメカニズムは、接触中の乾いた表面と等しく、この層はとても薄い。この単分子の層は、潤滑油の吸着、より正確に言えば、磨耗した表面上の潤滑添加物により形成されている。潤滑油の効果、摩擦の減少は、反対面間の低い表面せん断強度の形成によって引き起こされる。

 吸着潤滑の役割は、物質の塑性流動応力pに影響を与えることなく、接触面での効果的なせん断応力τを減少させることであることが、式8.2から見ることができる。これは、すべり面と弱い平行面を引き合わせ、表面上の吸着膜の形成することにより達成される。この原理は、粗さが最大のとき、乾いた無潤滑の固体と、潤滑油膜がついた固体との間の接触の比較を示す図8.3で説明できる。

 フィルムの厚さが薄い場合には、接触荷重の方向の構造的な弱さは、物質によって補正される。異方性をもつせん断応力や、すべり面の低いせん断応力は、すべり接触面の反対側の間の分子間結合の不連続性を誘導することによって得られる。界面以外のすべての位置では、異なる物質(膜の材料、基板)の原子間の結合形成は、比較的強い。吸着層の特性(特に極性有機物質の)は、このシステムは金属表面上に形成することができる。この理由については、次に説明する。

 

 すべり面での吸着のモデル


 脂肪酸やアルコールのような有機極性分子は、金属の表面上に吸着し、簡単には取り除けない。潤滑におけるこれらの物質の役割についての考察は、長い歴史をもっている。効果的な吸着は、金属表面が脂肪性物質によって濡らされた後でべたべたした感じや、滑りやすくなる。また、乾いた布で表面を拭いても、べたべたしたままであるだろう。

 図8.4に示すような表面上の単分子層、有機極性分子の金属表面上への吸着は、低い摩擦を生成する。吸着物の極性は、潤滑機構に不可欠である。極性は、分子が、分子の両端に異なった化学親和力を有し、非対称であることを意味する。たとえば、分子の一端、脂肪酸のカルボキシル基のグループ(-COOH)は、金属表面に強く惹かれる。その間中、もう一端のアルキル基のグループ(-CH3)は、ほとんど全ての物質と反発する。

 強い吸着は、ほぼ全ての利用できる表面部位は、高密度で強固な膜を生成する脂肪酸で占められていることを確かにする。接触させるアルキル基同士の反発力や弱い結合では、結合部分のせん断強さは比較的低いことを確かにする。τ/Pyの比、つまり摩擦係数は、むき出しになった金属表面に比べて低い。

 これは、ハーディーとダブルデーにより初めて唱えられた潤滑剤の吸着モデルであり[4.5]、後にボーデンとタボールによって開発された[6]。脂肪酸は、それらの強力な極性により非常に効果的であるが、アルコールやアミンなどのような他の有機化合物は、実際に使用するのに十分な極性を持っている。


 潤滑の観点から、吸着は‘物理吸着’と‘化学吸着’の二つの基本的なカテゴリに分けることができる。化学吸着は物理吸着より高い温度で発生し、それ故に実際の適用における潤滑機構としてより便利である。

・物理吸着

 物理吸着または‘物理的な吸着’は、吸着の古典的な形態である。吸着質の分子は、いくつかの不可逆変化を除き、表面から表面、または吸着質に付着や分離できる。ほとんどの液体や気体は固体表面に物理吸着する。しかし、このプロセスにはほぼ常に温度の上限がある。物理吸着でのファンデルワールスや分散力は、図8.5のように物体と吸着質との間に結合を提供する。

 物理吸着は、温度が周囲の温度よりはるかに上昇させない限り摩擦を減少させるのに有効である。この効果は、図8.6に示す。[固形パラフィン(ドコサン)、脂肪酸(ステアリン)、ラウリル酸銅で覆われた白金表面、またはパラフィンのラウリン酸1%で覆われた銅表面を転がるボールの摩擦実験の結果] ラウリン酸は、ステアリン酸に似た脂肪酸であるが、短い鎖長であり、さらにドコサンはカルボキシル基を持たない直鎖状炭化水素である。この結果をみると、脂肪酸の境界潤滑特性は、金属表面の潤滑油の種類に依存して滑りやすくなることがわかる。白金などの比反応金属がない間、銅のような反応金属は脂肪酸によってよく潤滑される。   

佐藤 真吾 訳分


柴野 雄介 訳分



・化学吸着

  吸着潤滑における潤滑油の分子構造の影響

 吸着物の分子構造や形状は潤滑の有効性に関して非常に強い影響を持っている。それに加えて、基本的要求として、吸着分子は極性であり、金属表面にひきつけられるために末端基が酸性であることが好ましく、分子の形はまた最密単層の形成を促進しなければならない。この後者の要求に関しては直鎖状分子だけがこの目的に適していると事実上保証されていると言える。分子は図8.9に示されているように分子は異なった大きさになりうるにもが、その大きさは非常に重要である。それは例として、分子量が発生したときに脂肪酸の摩擦転移温度が上昇すると発見された。さらに重要なこととして、効果的な潤滑を供給するための脂肪酸の臨界最少鎖長がある。

 効果的な潤滑のための最小鎖長はn=9であると発見された(ペラルゴン酸)。nが9から18(ステアリン酸)に増加すると摩擦転移温度が40℃まで上昇する。nが8未満の脂肪酸の短連鎖では有益な潤滑特性は現れない。

 潤滑における鎖長の効果は、図入りで示された8.10のような薄い膜に基づいた結合と比べて、隣接した脂肪酸分子のCH2基との間の比較的弱い結合の観点から説明できる。それは十分に大きな数のCH2の組が吸着単分子層の強度を確保するために必要であるということである。

 鎖長の影響はかなり強い。例えば、n=18のアルコールは金属との間に非常に強い引力を持ってるにも関わらず、n=12の脂肪酸をスチールと用いたときよりも、低い摩擦係数をもたらす。

 理想的な線形分子の型から逸脱することは吸着層の摩擦特性の著しい低下になりうる。例えば、摩擦特性の違いは、線形や分岐分子構造などを含むオクタデカノールの様々な異性体を見ることで顕著となる。こういった効果は図8.11に示されており、これはパラフィン系オイルによってステリアン酸およびイソステリアン酸の濃度を変化させ、スチール板上とスチール球の潤滑時の摩擦係数の変化の関係を表している。

 脂肪酸とイソステリアン酸の分子形状の違いは、後者は17の炭素原子の主鎖の一端に分岐があるのに対して、前者は18の炭素原子の主鎖である。図8.11で示されている通り、この小さな違いは、スチール表面に対して3倍の摩擦係数の違いを引き起こす。分岐特性によって推定される影響は、図8.12に示されている。

 分岐分子形状は以下のふたつの有害な影響をもたらす。

・全面的な表面被覆率は、金属接触が増加するため達しがたい。

・吸着表面の反対側との間には深い相互作用域があり、吸着膜との間に強い結合をもたらし、結果として、高い摩擦係数となる。

 それはしばしば、脂肪酸が最も効果的な吸着潤滑剤の間にあるということを想定しているが、アミン等の他の有機化合物もまた同様に効果的であり、摩擦を低減するための潤滑油添加物として使用される。しかし、一般的に引用される化合物の範囲としてはかなり狭いといえる。

 ケイ素や酸素を含んだ炭化水素もまた試されている。これらの化合物は一般的に、文字通り”silanes”と呼ばれている(ここで留意すべきは、これは完全に別の化合物のグループと混同されやすいことである)。silanesによって形成された単層下を繰り返し滑ることは、他の吸着潤滑剤よりもはるかに優れているということがわかった。典型的なsilanesの化合物の単分子層を図8.13に示す。

 シランおよび脂肪酸の単分子膜との間の決定的な違いは、隣接する酸素原子およびケイ素原子間の結合によって引き起こされるシラン分子間の横方向の固着である。膜に穴を形成するといった個々の分子の除去は、単層の、摩擦の増加を除いた少なくとも10000サイクルの滑りを維持できることから、効果的な横方向の強い結合によって阻止される。これと対照的に、ステリアン酸の単分子層は、同じ条件下において、100サイクル不足する。

 また、脂肪酸の付加されたヒドキシル基が摩擦を大幅に削減し、結果として高添加濃度で吸着膜の断面の重合を可能にすることが分かっている。その修正された構造を持つ吸着質を図8.14に示す。

 吸着膜に関する知識はまだ暫定的なものである。すでに吸着に関する効果的な形態は知られているが、これらは常に新しく解明された吸着物に取って代わられるだろう。

福田 直哉 訳分



 酸素と水の影響

 積極的に除外されない限り、大気中の酸素と水は常に潤滑系に存在します。鉄のような化学的に活性な金属が酸素と水で反応することから、これらの2つの物質が吸着潤滑に対して強い影響があるとわかります。酸素が接触した直後に、酸素の表面膜が金属表面に形成されます。この酸化膜は後で水により水和されます。シビア摩耗の状態でない限り、酸化膜は通常、滑りによるダメージを耐えて、吸着質のための基板を形成します。しかし、シビア摩耗による酸化膜の除去は、吸着潤滑を失敗に終わらせることがありえます。

 図8.15に示すように、Tingleによって行われたこの現象の初期の研究は切削工具による金属表面の酸化膜の一時的な除去に関与した。

 図8.15切削工具での金属的表面からの酸化膜の除去。

 およそ50~100μmの厚みの材料表面境界層を取り除きます。これは実際の厚さが1μm未満である酸化膜の完全な除去を確実にします。高い真空状態が維持されない限り、酸化膜はすぐに再形成されます。一方、表面が潤滑油で覆われているならば、実質的に未酸化の表面が数秒間維持されるかもしれません。油で覆われた鋼表面で工具の真後ろにスライダーを配置すると、実質的に未酸化の表面の摩擦特性の測定を可能にします。金属酸化膜が摩耗によって破壊されたシビアな状態下での吸着潤滑の有効性についての情報がこの方法で得ることができます。装置の概略図は図8.16。

 綺麗な金属表面での摩擦潤滑の特徴を評価するための装置の概略図[23]。

 化学的に活性・不活性の金属の摩擦の特徴は、図8.17に示されています。摩擦試験は予め磨いてあったものを水中で研磨して綺麗にした表面、潤滑油の層の下で切った表面、予め空気中で切られたものを水で洗った表面、の切られていない金属表面で行われました。このようにして、古い酸化膜、形成しかけている表面と最近形成された酸化膜の摩擦に対する影響は、評価されました。使用された潤滑油は精製されたパラフィン油の中にあるラウリン酸(脂肪酸)の溶液でした。

 図8.17酸化した綺麗な表面の金属の摩擦計測値

 図8.17から、プラチナと銀を除くすべての金属が、表面が未酸化状態であるとき、摩擦係数の著しい上昇を示すのを見ることができます。

 プラチナとその他の貴金属は、基板の化学的性質に無反応の物理吸着の構造によって潤滑されます。したがって、任意の酸化物や不純物の膜の存在によっての影響がありません。他の金属は一般的に軸受材料(例えば鉄、銅、亜鉛)などに使われ、未酸化の表面は摩擦係数に非常に強力な影響を及ぼします。これは、もしこれらの金属を覆っている酸化膜が、例えばシビア摩耗によって取り除かれたならば、吸着によって機能している潤滑が損なわれることを意味しています。古い酸化膜と新たに形成された酸化膜から得られる摩擦記録の類似点は酸化膜の加齢または成熟がとりわけ重要ではないということを表します。

 発生仕掛けている表面が吸着膜の確立を許容しない理由は、それらの極端な反応性によるものかもしれません。以前より論じられているように、脂肪酸はきれいな表面の配列でガス状の炭水化物を形成するために分解されます。表面上の微量のガスの構成物は明らかに潤滑にとって全体的に好ましくありません。対照的に、酸化物によっておおわれている表面は化学吸着の形態で脂肪酸との非常に限られた反応を許すだけです。そして、それは実際、潤滑の基本となります。

 これは吸着潤滑の基本的な弱さを表しています。荒い接触による摩耗の間、吸着された層だけでなくその下にある酸化膜をも取り除く十分に厳しいものならば、剥き出しの金属表面の領域は図8.18に図示されるように、擦り切れた表面を形成、維持することができます。剥き出しの金属表面は焼き付きやシビア摩耗の傾向があります。この問題は「粘着力と付着摩耗」の章で更に論じられています。

 この仕事の重要性にもかかわらず、Tingleの貢献は文献ではほとんど無視されました。そして、彼の実験はこれまで繰り返されていませんでした。周囲の酸素と水の摩擦と摩耗の影響も研究されていました。鋼と鋼の滑り接触においてシビア摩耗を防ぐのに酸素と水なしでは潤滑油が効果的ではないということがわかっています。また、酸素だけのほうが酸素を含まない水より良い結果を得られることがわかりました。しかし、酸素と水の組み合せは最も低い摩擦と摩耗を得ることができます。潤滑油と潤滑油添加物の範囲の研究で、周囲の酸素と水は水が有害な影響を持つ特定のリンを除くほとんどの潤滑油の機能を高めると明らかになりました。

 図8.18 酸化膜の除去による、吸着潤滑にとって好ましくない、裸の金属表面の形成。

佐久間 俊介 訳分



すべり状態下における吸着の動的性質

 吸着潤滑の基礎研究の大半は化学平衡と熱平衡に達することが可能な吸着質の単分子膜にささげられた。しかしながら、近年の研究によれば、吸着質の膜がすべり状態下において平衡となるのは実現しなさそうである。吸着膜に関して利用できるデータの大半は、試料の表面がクリーニングされ,多くの時間をかけた潤滑剤の膜の堆積物が使用された厳密な管理下の環境で得られた。摩擦試験自体は継続的なすべり接触の間、数分間という極度に遅い速さで行われる。しかしながら、現在の装置において高速度歯車装置のようなものの摩擦接触の繰り返し率は毎分数百回に達する。吸着潤滑の動的状態と古典的な平衡モデルとの違いはほとんどわかっていない。

 摩擦は、吸着と動的条件下の摩擦による単分子層の除去のバランスによって測定されるかを究明するために計画された実験は球と円筒の器具を基にした鋼と鋼の接触で行われた。摩擦係数は純粋ヘキサデカン(中性不活性分散媒)中で数種の界面活性剤(吸着物質)の濃度関数として測定された。研究された界面活性剤は脂肪酸、いいかえれば鎖長nが11から21のラウリン酸、ミスチリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘン酸だ。濃度の推移は図 8.19に示すように摩擦係数がヘキサデカンの特性値から添加物か界面活性剤によって決まる値のレベルまで急激に低下する部分で実験された。

 濃度の推移において脂肪酸の濃度の増加に伴い摩擦係数の減衰率は小さくなり、ほとんどの脂肪酸でほぼ0.5[mol/m3]の値を持つ。この濃度は脂肪酸が繰り返しすべり接触下において摩擦によるダメージを与えた吸着膜を補修する極小濃度としてモデル化された。これは吸着潤滑もまた吸着膜がほぼ完全な状態,言い換えればそれは極少数の穴や何もない様な場所でない限り効果がないことを予想した。平衡吸着が広がる部分においては、脂肪酸の濃度と共に摩擦の単純な一次従属が予想される。すべり状態下における吸着膜の形成時の律速段階は最吸着だと思われる.脂肪酸の最小濃度において,継続的なすべり接触が有効な時間の間でこの工程を起こす方法が求められている。このモデルは図 8.20に図解的に要約される。動的条件下の吸着モデルのいくつかで,高速度での接点の消耗過程の素早さは実際には潤滑剤の有害な作用を妨げながら作用している。現象はBorsoff effect として知られており,吸着潤滑を見かけ上制限する温度は,回転すべり機構が加速することで上昇する.これは吸着膜の脱着の点からモデル化されている。このモデルにおいて、もし摩擦熱のパルスが吸着分子の平均留帯時間より短くなったとしても、脱着の活性化エネルギーが大きくなると仮定される。その吸着膜は摩擦熱のパルスがより短い間隔になり、さらに強力な場所の高速すべりに耐える可能性を持つだろう。しかしながら、このアイデアは論文では支持されておらず、それは吸着による潤滑の未知の状態における動的影響の結論を出す必要があるだろう。

混合潤滑剤と焼きつき

 実際的な重要性、たとえば高速度歯車装置の多くのすべり接触はただ単に水力学、弾性力学か古典的な吸着潤滑によって潤滑されているわけではない。普通二つの潤滑メカニズムが同時に作用しそのどちらも摩擦と接点の磨耗を低減するのに不可欠なものである。荷重をかける多くの場合で多くのケースは流体か弾性流体潤滑により支えられる。しかしながら、いくつかの追加の潤滑メカニズムは対立する面から大きな凹凸の接触の摩擦と磨耗を低減することが求められる。流体潤滑以外の方法によって支えられる荷重の部分が小さいとしても潤滑の追加の要素が有効でないなら厳しい磨耗、もしかすると焼きつきを起こす。それぞれのメカニズムが同時に作用するこの特有の潤滑型は混合潤滑と称される。この潤滑型の現状のモデルは図 8.21に図解的に要約される。

 混合潤滑は膜の厚さを流体潤滑や弾性流体潤滑よりさらに小さくすることを可能とする。他の要素が荷電されていない状態であるなら、減少した膜厚は増加した荷重と接触圧力と一致する。そしてこの特性が混合潤滑の重要性の基本的な理由である。しかしながらこの潤滑型が有効な時の多くの場合で凹凸間の不一致は厳しい磨耗の誘導から妨げられる。潤滑の失敗の突然または厳しいモードはscuffingもしくはアメリカではscoringとして知られている。これは焼きつきが見たところ良い潤滑接触で突然起こるため、深刻な工業的な問題を引き起こす。焼きつきはよく高負荷のギアで起こる。加重に対する歯車の歯の谷底部とピッチラインのオイルの膜の厚さの変化の例は図 8.22に示されている。膜の厚さは接触による電圧降下として示される。膜は表面の接触の間にほとんどきれいに回転しているようなピッチラインで厚くなる一方で相当量のすべりがあるような歯車の歯の谷底部の膜は薄くなっている。ある荷重のレベルにおいて歯車の歯の谷底部の油膜の厚さの中ので急速な破壊が引き起こされる。これもまた磨耗した表面の摩擦と破壊の急増によって判明する。図 8.22によると膜の薄さがゼロとなる段階的な現象はなく膜の腐食の測定装置はも存在しない。それらの特性が潤滑された歯車の有用性を大きく制限する。

垣内 侃 訳分



 スカッフィング(焼付き)の速さとオリジナルサーフェス(初期表面?)の破壊が,焼付きの本来の原因を究明するための研究を大幅に妨げる。実際、重度の焼付きの場合、油は燃え、鋼の歯は冶金修正ならびに塑性変形を維持する可能性がある。焼付きは歯車の表面のミクロ組織の変形をもたらす可能性がある。鋼の歯車がスカッフィング(擦れている)している間、歯の表面温度はとても高温になる可能性がある。温度上昇率が極端に大きいと起きる可能性がある。このような状態はオーステナイト層に有利に働く。5μmの深さまでに、焼付いた鋼の歯車の表面にあるオーステナイトの欠片は最大濃度60%含まれる。たとえば、焼付きという障害のある研究は、焼戻しされたミクロ組織のマルテンサイトの鋼の試験片に誘導された。焼付いた表面の検査は試験片の体積の一部で最大60%のオーステナイトの存在を明らかにした。オーステナイト層がスカッフィングしている間のもっともらしい説明には、非常に高温であるということと、表面に達するまでの高い加熱速度が求められる。深刻なスカッフィングの原因となる事象の一般的な見解は、図8.23に示す。

 マイルドスカッフィングから回復するというシステムは、問題の複雑さをさらに実証する可能性がある。スカッフィングモデルの包括的な再検討はどこにでも見られる。

 簡単に言うと、吸着膜の脱離は 機械的な構成要素の完全な破壊をもたらす事象の一連の運動にはめ込むことで結論付けることができる。この考えは、しかしながら魅力的で、スカッフィングの説明の一部で、ほとんど手に負えない問題を作るスカッフィングが発生することでほかの多くの影響がある。特にギアで、スカッフィングでもっとも良く知られている理論は、ブロックの臨界摩擦温度理論である。これはブロック氏によって摺動面で臨界温度に達したときを想定されたもので、そこからスカッフィング(焼付き)は始まる。摺動面での温度は周囲温度との和である。定常状態の摩擦熱と一時的な摩擦温度は負荷とすべり速度の関数である。臨界温度は150度の範囲で観測された。理論は残念ながら臨界温度があるべきだという理由として具体的な説明を欠いている。この温度は脱離温度に関係しているということは頻繁に仮定されてきたが、実験的研究はこれが唯一の粗い近似であることを示唆している。定常状態と混合潤滑摺動接触の過渡温度の概念を図8.24に示す。

 図8.24に示す混合潤滑下の温度の概念は決して簡単なものではない。厳密には温度がスカッフィング(焼付き)に寄与するということは、動いている物体の表面のみに発生し、約10msで到達する過渡温度の測定の難しさという理由で、ほとんど部分的に詳細には議論されていない。ブロック氏の基準臨界温度は以来、非常に信頼性のあるものではない、臨界温度は存在するけれども。合成物と予測不可能な方法が異なり、基準は普通は摺動接触のスカッフィングの抵抗を過小評価する。時折、許容荷重とすべり速度の過大評価を与える。

 このような理由で、スカッフィングを回避する信頼できる1つの方法は、比較的保守的なキアの設計基準を適用することです。また、後述するように、EP剤は吸着潤滑の限界に達したときのスカッフィングを防ぐことが出来る。しかしながら、推定可能な定量的な測定はありません。たとえば、特殊なアンチスカッフィング潤滑剤が使用されている場合、かなり余分な負荷を適用することが出来る。

上野 勇人 訳分



 摩擦転移温度と焼きつきの関係の解釈は広範の研究の対象とされてきた。はじめに、摩擦温度が上昇するのを抑える低速での滑り試験が行われ、後に同様の手順でトライボメーターを用いた高速滑り試験が行われた。それらによって、吸着の熱力学に基づいた焼きつきの関係式が導かれた。

 ここで、

Cは、潤滑油に含まれる添加物(脂肪酸)の密度である。

Eaは、金属表面における添加物の吸着熱(吸着エネルギー)である。

Rは、一般気体定数である。

Ttは、摩擦転移温度である。

この式によると、転移温度を超えると、吸着膜は回復するスピードよりも速いスピードでダメージを受けてしまう。そのとき、大きな摩擦と摩耗は避けられない。実験時の限定的な条件において、上記の式と実験データの値はほぼ一致している。

 図8.25は、不活性ミネラルオイルに溶解した脂肪酸の密度と、転移温度の関係を示している。そのデータは理論値をもとにしており、プロットが直線状になっている。グラフの傾きは吸着熱の値におおよそ等しい。一方、オレイン酸の転移温度は他の脂肪酸のものよりも低いにも関わらず、鉱油に溶けたオレイン酸は潤滑能力を極めて促進させることが発見されている。言い換えると、脂肪酸は単に吸着潤滑によって機能するのではなく、何か別の理論も関係していることを示している。

 弾性流体潤滑において、焼きつきや吸着膜の脱落が起こる臨界温度を見積もるための試みがなされてきた。しかし、それらによって得られたデータは、二種類以上のオイルが混合された複合潤滑油には利用することができず、実用的な応用幅は極めて狭い。

 弾性流体潤滑による圧力場は、吸着膜の剥離を起こす温度である臨界温度を上昇させることで、EHL接触における添加物(脂肪酸)の密度や吸着潤滑のメカニズムに影響を与えている。弾性圧力潤滑の圧力下において、純鉱物油中の添加物の密度は、バルクオイル中の密度と比較して半分以下にまで減少することが発見されている。弾性圧力潤滑が及ぼすこの影響については解明されていないが、EHL接触が添加物に与える影響は極めて大きいようにに思われる。Langmuirの吸着の理論によると、温度に関わらず圧力が増加すると吸着面積が増加するとされている。弾性流体潤滑の圧力場を発生させた低速の滑り実験において臨界温度はおおよそ150℃であるが、最大限の焼きつきを発生させる条件においては300~400℃である。

 このように、Blokの理論によって推測した焼きつき臨界温度と、圧力依存を考慮しない臨界温度とでは、異なる結果をもたらす。臨界剥離温度が圧力によって増加することは、潤滑面がなぜ不安定であるかのメカニズムを説明している。焼きつきが起こるまで荷重を調整できる二枚のディスクを持つ実験器具による実験がある。まずここで、EHL圧力は低く、低速の実験で得られた剥離温度(臨界温度)に近い条件において実験を行う。荷重を増やすにつれて、接触温度や表面粗さ、接触面間での水圧は増加する。臨界剥離温度もまた、効率的な吸着潤滑を維持できるように上昇する。しかし、荷重がある値に達すると、弾性流体潤滑圧力は限界に達する。弾性流体潤滑圧力の限界値は、潤滑剤の特性やディスクの素材の硬さによって決められると推測できる。さらに荷重を増加させると、接触面が増加したり、荷重の大部分がアスペリティー接触で消費されたりする。このとき、二つの出来事が起きていると推測される。過剰な接触温度によって吸着潤滑膜が直接剥がれ落ちてしまうか、接触表面の凸部の干渉によって弾性流体潤滑圧力が低下してしまうことである。圧力が低下すると吸着膜は不安定になる。

 もし局所的な水圧の減少があると、臨界温度(剥離温度)は低下し、局所的な吸着膜の脱落が発生する。そのとき焼きつきは、接触面の凸部によって吸着膜が剥離した部分から進行する。この性質は図8.26に示されている。8.26から、EHLの崩壊が焼きつきや剥離を誘発するのか、または剥離が最初に起きて結果としてEHLの崩壊が起こるのかは、わかっていない。

横山 大地 訳分



 触媒油分解の現象もまた焼き付きに貢献すると信じられている。高負荷の弾性流体潤滑(EHL油膜)膜での高い温度では、粗い表面の接触が起こる度に、言い換えればEHL油膜厚さが接触面の合わさった表面粗さと同等となったとき、表面の粗さの相互作用によって擦り切れた新生表面の露出は潤滑油膜に対して重要な関係にある潤滑油の基油に直接影響を与えるかもしれない。新生表面の主な特徴は静止状態、酸化金属と比べ上昇した触媒作用であると知られている。新生表面は通常,大抵気体である低分子量生成物を解放するために油中に見られる有機化合物の分解反応に触媒作用を及ぼす。このような触媒作用は油の潤滑能力によって破壊的影響を有することが可能である。焼き付きは油を補充することができる速度を超える接点内部の油の化学分解速度によって引き起こる機械的摩耗によって露出した十分な新生表面があるときに起こることが示唆されてきた。分解速度の限界に達したとき、潤滑の部分的な不足によって接点閉接が起こり、さらに油の供給量を減少させる。これは臨界荷重以下での安定した潤滑から不安定な潤滑や焼きつきへとはっきりと遷移を引き起こす。触媒作用を及ぼす分解生成物はEHL接触に広まっている極度に高いせん断速度を維持する体力を所有していないので潤滑を促進させることがありそうにない。これらの生成物は凹凸接触間に蓄積する傾向にあり、またこれらの集結が十分に高くなったときに潤滑の不足が起こり、焼きつきにつながる。その上、分解生成物はほぼ確実に新鮮な潤滑油を除いて接点の周りを囲む、あるいは極度の摩擦加熱の影響下でそれらは反応し、両方のすべり表面と化学結合する。この最後で述べた現象の影響は摩擦のレベルの最悪の原因となることもあり得る。この焼きつきの触媒モデルの略図は図8.27に示す。

 焼きつきを制御する重要な方法はセラミックスのように非金属材料のコーティングされたすべり表面で覆うことにより金属表面に初期発生を防止するように見えるだろう。窒化チタンと炭化物で覆われた鋼歯車はコーティングされてないものと比べ焼きつき防止に良いと確認されている。ペルフルオロアルキルエーテル潤滑油の腐敗が金属表面の摩耗や焼きつきが始まることが明らかになっているため、安定した潤滑油の選択もまた大切である。

 他のより機械的な方向の研究では、過重履歴や慣らし運転のやり方のような操作パラメーターは焼きつきや臨界温度の測定に大きな影響を持つということもまた明らかになっていた。臨界温度はしたがって圧力、吸着熱、すべり速度だけでなく多くのパラメーターの関数であるように思える。焼きつきについての乏しい理解にもかかわらず、この分野の研究はここ数年で不足状態となっている。これは焼きつきが重要度が他のトライボロジーの他の捉え方にくらべ比較的低い産業トライボロジーに属しているという事実が原因であるかもしれない。

 <冶金の影響>

 特定の微細構造をつくりだすための合金化と熱処理の影響は低い摩擦係数を油性潤滑によって得ることができるかどうかに大きな影響を及ぼす。マルテンサイト系普通炭素鋼とオーステナイト系ステンレス鋼の2種類の鋼の温度対鋼鋼接触の摩擦係数は図8.28に示されている。

 図8.28 鉱油潤滑下での普通炭素とステンレス鋼の摩擦特性対温度

 オーステナイト系ステンレス鋼の摩擦係数は160℃から急激に上がっており、200℃で1を越える値に達していることが図8.28から見てとれる。好都合のことに対照的に普通炭素マルテンサイト鋼の摩擦係数は0.2~0.3の範囲で適度なままである。マルテンサイト系鋼の大きな格子歪みにより、オーステナイト系鋼はマルテンサイト系鋼に比べ反応性が低いと考えられているため、これら2つの鋼の違いは反応性の観点から説明することができる。より大きな反応性は繰り返す摺動接点の条件化で酸化膜、界面活性剤膜の再吸着をより早く形成、または修復させる。他の研究では、オーステナイト系鋼はマルテンサイト系鋼より低い摩擦遷移温度を持つことが明らかになった。

 添加剤濃縮油で行った同様のテストでは低合金鋼が高合金鋼に比べ低い摩擦係数を示すことを明らかにした。それは鋼鉄の面と合金の含有量の両方が潤滑剤性能の制御因子であるように思われる。例えば、クロムはオーステナイト系鋼に対し焼きつき荷重をあげる一方でマルテンサイト系鋼やフェライト系鋼で実験したときの他の場合では逆の効果が現れることがわかった。焼きつき抵抗において異なる合金化元素の影響についての実験をした総合的な研究では、合金元素に関係なく、微細構造が焼きつき荷重支配的影響を持つことが明らかになった。例えば、フェライトはもっとも高い焼きつき荷重を与え、そしてマルテンサイトとセメンタイトは反応性が低いため、それらは焼きつき荷重を下げるということである。

 オーステナイトは最も合わない位相であり、とても低い焼きつき荷重を与える。オーステナイトに対しての破壊荷重は、フェライト系鋼の破壊荷重の1/10未満である。したがって鋼の焼入れはフェライトの中で同様の減少とともににマルテンサイトを誘導するので焼きつきに対する保護の強化をもたらさない。

 <界面活性剤と分散媒の相互作用>

 吸着潤滑のモデルでは、これまで述べてきたように、脂肪酸や界面活性剤は整った試験表面か、または不活性液体中の溶液として適用されている。実際には分散媒や基礎在高はまた潤滑作用に影響を与えることができる。鉄粉上のステアリン酸やパルミチン酸の吸着熱はヘキサデカン酸を加えた場合、ヘプタンを加えた分散媒に比べ最大50%大きくなるということが明らかになった。吸着熱は摩擦遷移温度に影響する。例えば、もしヘキサデカンをヘプタンより優先して分解媒として使用する場合、より高い摩擦遷移温度が期待できる。

 吸着潤滑のこのような特徴はまた、ひとつには分散媒として鉱油を扱うことが難しいという理由により比較的無視されてきた。化学規定のはるかに広い自由を提供する合成潤滑油の採用により吸着熱の体系的最適化は最終的に実用的になるかもしれない。

11/08 発表分 担当者:寺嶋 陸 垣内 侃 佐藤 真平 上野 勇人

寺嶋 陸 訳分



 8.4 高温ー中荷重での潤滑メカニズム

 高温で効果的であった油による潤滑機構には常に多くの関心があった。

 潤滑に関連付けられている主な問題は、プロセス加熱の結果(例えばピストンリング)または、摩擦エネルギーの消耗が起因している(例えば高速ギア)。吸着潤滑の温度限界が認識されると、調査は高温度メカニズムのために始まった。これらのメカニズムは依然として定義が難しいままであるが、いくつかの興味深い現象が発見された。

 中荷重での高温潤滑に関わる2つの基本的なメカニズムが発見されている(チェーンマッチングや石鹸のような厚膜や非晶質の形成)。チェーンマッチングは、遥かに高い温度や接触圧力を除いて、‘低温度-低荷重’でのメカニズムと同様の方法で、摺動面の近くで液体の性質を改善したものであり、使用される添加剤の種類によって効果が決まる。厚いコロイドまたは脂肪分の多い膜は、化学反応により摺動接点で形成された蓄積物である。これらは、接触において非常に高い粘性と挟み込みとの組み合わせによって反対面と離れる。

 チェーンマッチング

 チェーンマッチングは、溶質脂肪酸や溶剤炭化水素の鎖長が等しい場合に発生した潤滑特性の改善を意味する。これは、詳細にモデル化されていないが、オイルベースの潤滑剤のいくつかの特殊な性質を説明するために定期的に引き起こされる。

 一連の四球試験において、焼付き荷重は、溶解脂肪酸が分散媒潤滑と同じ鎖長を持っていた時にかなり増加することがわかった。様々な脂肪酸の鎖長に対する焼付き荷重のデータの例を図8.29に示す。三つの分散媒(溶剤)は、ヘキサデカン、デトラデカン、デカンで、それぞれ鎖長が16、14、10である。

 最大焼付き荷重は、脂肪酸の鎖長が、デカンが10、テトラデカンが14、ヘキサデカンが16で発生した。この効果を説明するために、チェーンマッチングが発生した際に一貫した粘性層が表面に形成するという仮説を立てた。1GPa以上の非常に高い接触応力と100℃以上の高い温度に関わるのもを除いて、これは前述したような’低温度―低荷重’でのメカニズムと似ている。そしてさらに、そのメカニズムは、使用される添加剤の種類に依存している。

 チェーンマッチングが起こったとき、秩序構造を伴った薄い層は、金属表面に形成している。添加剤は、それが通常極性基を含んでいるため、平らな面にこの層を接合することによって作用することができる。鎖長が一致しない場合、一貫した表面構造が形成することはない。そして図8.30に示すように隣接した液体表面の特性は、バルク流体の無秩序状態に似たままである。

 この根拠をサポートするために、流体力学のスクイーズ状態での表面付近の粘度を測定した。そして、チェーンマッチングが存在したとき、大きな粘度が検出された。純ヘキサデカンおよびヘキサデカンに鎖長の異なる脂肪酸を添加した物の、スクイーズ面からの距離に対するスクイーズ比率から算出された粘度との関係を図8.31に示す。

 チェーンマッチングは他の研究で確認されているが、多くの研究者はこの効果を見抜くことができず、まだ懐疑的なままであった。しかしながら、最近では、EHL油膜厚さにおける脂肪酸の影響が検出された。純ヘキサデカンおよび飽和溶液状のステアリン酸をまとったヘキサデカンのEHL潤滑下での圧下速度に対する、膜厚または分離距離を図8.32に示す。

 純ヘキサデカンやステアリン酸のヘキサデカン溶液でのEHL油膜厚さは大いに発散することが図8.32を見てわかる。ステアリン酸/ヘキサデカン溶液が約2nmの分離距離の間中は、非常に低速のヘキサデカンは、表面上に残留膜がない。この効果は、ステアリン酸の吸着層に起因すると考えられる。EHL膜は、速度が増加すると、両方の潤滑液が同じものとなり、膜厚が発生し、ステアリン酸の効果が減少する。

 摩擦上の個々の脂肪酸の効果、すなわち、ヘキサデカンを添加したラウリン酸、パルミチン酸、そしてステアリン酸は、スライドするスチール表面との間を大きな負荷の条件下で試験された。単分子層よりも厚い、低摩擦の吸着層は、接触抵抗の測定により検出された。摩擦転移温度を上回り、摩擦係数が上昇した後、この層はごくわずかな量に低下すると思われた。しかしながら、脂肪酸の鎖長がヘキサデカンと一致した時(すなわち16でパルミチン酸に相当する)、約240度の最も高い摩擦転移温度が記録された。他の酸は、摩擦転移温度は120~160度の間でかなり低かった。

垣内 侃 訳分



 石鹸やアモルファス金属の厚い膜

 ほとんどすべての添加剤は摩擦や摩耗をコントロールするために使われ、擦り切れた金属表面を化学反応させることが出来る。これは膜や粘性の表面層に加えて反応生成物の層はまた、摺動面に形成することが出来るということを示している。添加剤が基油に加えられた時点で、実質的にこのプロセスをコントロールするのは不可能である。反応生成物は普通、摩擦や摩耗において膜の厚さに対してほとんど効果がない無関係な破片と見なされてきたので、最近までこの添加剤の相互作用の解釈はほとんど考慮されていなかった。しかしながら近年では、単分子吸着よりも厚く、しかし、EHL油膜の代表的な厚さよりも薄いという考えは発展してきた。この膜の厚さは100~1000nmの範囲にあると推定され、高い摩擦温度における脱離の限界(制限)は避けられてきた。これらの膜の不変性(一貫性)またはレオロジーは粉末または非晶質固体から石鹸(ここでは準液体を指す)に変わる。

石鹸層

 石鹸層は金属水酸化物と石鹸と水による脂肪酸の間での反応によって形成される。もし反応状態が良好ならば、それはまた鉄表面の酸化鉄と定期的に潤滑油によって供給されるステアリン酸の間で石鹸が形成される可能性がある。酸化鉄はアルカリ水酸化物よりも反応性が乏しい。しかし一方で、「石鹸」の量はとても薄い潤滑膜を形成することが求められる。石鹸の形成は熱と摺動接触部の機械的な攪拌(かくはん)によって促進されることはステアリン酸の摩擦特性モデルに提案されている。

 脂肪酸と金属の間で反応して形成された石鹸は図8.33に模式的に示すように、キャリアオイル(添加物を供給する潤滑油)よりもはるかに粘性がある表面層を供給(生成)することによって潤滑すると考えられている。

 流体潤滑のメカニズムによって機能する粘性層の存在は電気接触抵抗の測定から推定された。測定可能でかつ著しい接触抵抗がある時、厚い粘性層が存在すると仮定した。流体潤滑の依存度はストライベックの法則を用いて試験された。ストライベックの法則によれば、以下のような関係は流体潤滑の限界において適用されます。

 logU + logv - logW = constant (8.4)

但し、 U はすべり速度 [m/s]
v は動粘度   [m^2/s]
W は荷重    [N]

 摩擦を測るために用いられる装置は図8.34に模式的に示すように鋼板上のうえに鋼球を乗せたもので、小さい振幅と高い周波数で振動(往復)させる。式(8.4)の定数は、油膜が崩壊する時の荷重と速度を測定することによって発見された。温度の急激な上昇によって明らかにされ、単純な(ただの)鉱油による潤滑で発生された。定数は膜の形状のみの関数であり、潤滑剤とは無関係であるということは、石鹸膜の粘度を計算することが出来る。ヘキサデカン中に0.3%ステアリン酸を添加して得られた実験結果の一例を図8.35に示す。

 計算によって得られた粘度が200~2000[cS]の範囲にあるということは、同じ温度において石鹸の粘度と似ているということが図8.35から分かる。潤滑のこのモードに関連付けられた制限は化学吸着に似ている。ただし、酸化金属基材との反応が前提条件である。貴金属および非酸化物であるセラミックスが石鹸層を形成しないのに対し、鉄と銅や亜鉛といった反応性の高い他の金属はおそらく石鹸層を形成するだろう。

アモルファス層

 滑る過程では研磨を伴うということは一般の経験から知られていて、これはあらゆる介在物の厚さを減らすことが出来る。固体の塊が微細な粉末に粉砕することが出来ると、極端で、結晶格子は原子や分子のアモルファス集合に分解することが出来る。この過程(作用)は脆性あるいは砕けやすい物質に特に有効である。既に論じたように、多くの潤滑油添加剤は、反応物質の被覆または反応性の高い物質の膜を形成するための基質と反応することによって機能する。これは摺動させられることによる粉砕の過程に必然的に依存する。細かく分割された(即ち、非常に微細な粒子のようなもの)もしくはアモルファス分子構造を持つ物質は、特性を伝えるいくつか有効な荷重をかけることができ、そしてまた、潤滑剤として作用することができる。

佐藤 真平 訳分



 介在物質の非晶質化の過程を結晶格子を泡が並んだような構造として説明する。一つ一つの泡は原子である。これが規則正しく密に充填されれば結晶格子、不規則に並んでいれば非晶質と見ることができる。滑り面での泡構造による模式図の例を図8.36に示す。

 滑っている物体表面に近い物質は平面にそって配列しようとする性質があるため、結晶構造をとる傾向があるが、滑りに伴う剪断の方向は滑り方向と必ずしも一致しないために残りの部分は非晶質となる。さらに剪断波の波紋が一時的に通過することで、存在していた結晶構造は図8.37に示すようにほぼ完璧に崩壊させる。

 ジアルキルジチオりん酸亜鉛(ZnDDP)が潤滑添加剤として用いられるようになってから、鉄と亜鉛を含むリン酸の非晶質層が鉄の滑り面から発見されている。ZnDDPによるこれら非晶質層の形成と摩耗防止効果が関連して発生する理由は未だ明らかではない。

 コロイドの領域まで細かい粒子に砕かれた物質は、金属面間を引き離す大きな圧力を発揮する能力を示す。球体粒子を菱形に押しつぶすにはあまり大きな力を必要としないが、これをさらに層状にまで押しつぶすのに必要な面圧はほぼ指数関数的に増大する。硬い表面によって支持されている粉体層が半球状のくぼみをつけるというのを想像できる。初期の変形には小さな力しか必要としないが、粉体を貫通して面同士がぶつかるのはかなり困難を極める。球体の柔らかい粒子の変形過程を模式的に示した図を8.38に示す。

 圧縮力が十分に大きいとき、柔らかい物質は図8.38に示すように硬い表面に閉じ込められるようになる。結果として硬い物質のひずみは塑性変形となり、これが傷や掘削痕として観察されることになる。この圧縮試験は同時に滑りを与えていない。ZnDDPが積層した層はおそらく剪断面間で転がったり剪断されることができるため、個々の「こぶ」がそれ以上小さく分割されることがないのであろうと考えられる。

 図8.36 滑り面間を隔てる物質の結晶/非晶質構造の泡模型

 図8.37 滑り状況下において剪断波紋が発生し、結晶構造の崩壊を崩壊させるメカニズムを示す泡模型

 図8.38 2つの硬い面により挟まれた柔らかい物質の変形過程

 これら固形粉体もしくは非晶質物質が金属面状に堆積した層は、限界温度での離散や温度上昇に伴う粘度の喪失といった吸着層にあるような欠点に苛まれることがない。このような層の形成に伴うメカニズムは、脂肪酸に対して優れるZnDDPの高温度域潤滑特性の基礎を明らかにするものである。しかしながらこの研究は非常に近年のものであるので、現在のモデルは将来的に見直されるであろう。

 リンベース添加剤のさらに興味深い側面として、弾性流体層下に対する自発的な堆積層を形成である。純リン酸エステルおよびパラフィン中にリン酸エステルを溶かしたものの両方を光学干渉法により100℃で試験した結果、EHL膜厚が2時間で200nmから400nmに増加するという結果を得た。3%ジドデシルリン酸を精製鉱物油中に溶かしたものを使用して、回転時間に対するEHL膜厚の上昇を試験した例を図8.39に示す。

 EHL接触している回転部分の表面検査により、堆積層はリン酸鉄といくつかの有機基が含まれた重合体により形成されているということが明らかになった。これは鉄がリン系添加物と反応し、厚い層を形成したということを示している。この層は非常に一貫して粘度が高くワックス状であり、有機溶剤に不溶である。またリン酸と鉄原子の橋架結合による重合も発見された。つまり、リン酸、有機基、鉄によって構成される変則的な繰り返しの網によって非晶質構造を形成することが出来るということのようである。この特別な過程は、フリクションポリマーと呼ばれている現象かもしれない。フリクションポリマーは、一般的には酸化した層が摩擦によって取り除かれた金属表面と炭化水素潤滑剤の重合化を表す用語である。清純な金属表面、特に鋼鉄は、摩耗面に炭化水素ポリマー層を形成させることができる強い触媒効果をもつと信じられている。このような層は摩擦と摩耗を提言するものであると考えられている。

上野 勇人 訳分



8.4 高温ー高荷重での潤滑メカニズム

 高温・高荷重下で行われている潤滑は、通常犠牲膜による潤滑モデルとして知られている。吸着した潤滑油の剥離が発生するほど摩擦温度と摺動速度・荷重が大きく、形成された油膜が剥離せざるを得ない接触において、焼きつきや摩耗を防止するためにこのメカニズムは発生する。潤滑膜の剥離が発生するほどの極限状況下で行われている潤滑メカニズムを'Extreme Temperature Lubrication'と呼ぶ。しかし、この呼び方は広くこれまで受け入れられなかった。なぜなら、その呼び方が実用的に考えて非常に曖昧な表現だからである。そのような超高温下ではこれまで潤滑油が使われることはなく、そして、EP潤滑は、多くの高温潤滑での限界接触圧力を超えた圧力で効果を発揮するためである。例えば、硫黄系EP添加剤をピンオンディスク試験で用いた場合、2GPaで摩耗したのに対し、メチルラウリン酸塩を添加した潤滑油を加えた場合、1.3Gpaで摩耗が発生した。無添加の鉱油は高い接触圧力に対して潤滑能力を発揮することができず、そして、1GPa以下で接触圧で過度の摩耗率を示す。

犠牲膜による潤滑のモデル

 現在におけるEP潤滑の解釈は、犠牲膜の概念に基づいている。この潤滑膜は、接触の過程で断続的に崩壊と再生を繰り返すため、デモンストレーションをすることが困難である。しかし、多くの科学的な間接的証拠が、このような犠牲的役割を果たす膜の存在を確かなものにしている。2枚のディスク間での犠牲膜による潤滑モデルを、図8.40に示す。

 過度の接触圧力の大半は、接触面の凸部が反対側の接触面の酸化膜を剥ぎ取ることに消費される。すでに述べたように、大半の金属表面において、酸化膜が剥ぎ取られて表面がむき出しになると、その面は激しい反応性を見せる。もし、潤滑油に硫黄やリン、塩化物が添加されていたならば、酸素が剥ぎ取られたむき出しの表面にそれらの添加剤が付着し、金属との反応膜を形成する。これらの膜で覆われた凹凸を持つ接触面同士の凝着力は、むき出し表面同士の凝着力に比べて遥かに小さい。これは潤滑の基本的メカニズムであると言える。犠牲膜で覆われた凹凸同士は、犠牲膜が剥離・崩壊することで、より小さな摩擦・摩耗で滑ることが可能である。もしこのメカニズムが破綻すると、混合潤滑の項で説明したように、接触面の凹凸同士が凝着し、深刻な摩耗を発生させる。犠牲膜のメカニズムは、反応性に優れたEP添加剤が膜を形成できるだけの十分の時間と温度があって始めて成立する。

 犠牲膜の存在の証拠は、時間とともに徐々に集めらてきた。昔、硫黄が添加された潤滑油中で接触面同士の接触・摩耗が発生したとき、硫黄はより荷重が強く当たっている部分に集中していることが発見された。それから、金属表面に形成された硫化鉄膜の存在が発見されるほどに科学技術が進歩し、その硫黄の集中部、つまり硫化鉄膜が接触時に犠牲的な役割を果たしていることが解明された。また、犠牲膜の潤滑性能をテストするために、金属表面に硫化鉄を生成させた実験では、接触面における硫化鉄膜の生存時間はとても短いことが解明されている。

 より精巧なテストでは、EP油によって油をさされる間、ステンレス鋼ボールに対してすべっている炭素鋼ピンの摩擦特性は炭素鋼ボールに対してすべっているステンレス鋼ピンのそれらと比較された。摩擦一組材料が交換されたときより、炭素鋼ボールに対してすべっているステンレス鋼ピンの耐荷性はより優れていた。静的な反応性実験を行ったとき、鉄は炭素鋼ほどの反応性を示さなかった。ピンが非常に激しい接触を受けるので、犠牲膜は材料が何であれ、その表面に形成されることはない。したがって、ボールが犠牲膜を形成しやすい好反応性材料(すなわち、炭素鋼)でできていることが好ましい。この犠牲膜形成モデルの図を、図8.41に示す。

佐藤 真吾 訳分


福田 直哉 訳分



犠牲膜による潤滑機構上の酸素と水の影響

 酸素と水もしくは大気中の湿気は吸着潤滑だけでなくEP潤滑にも強い影響を及ぼします。酸素は発生仕掛けている鋼表面のためのEP能動要素(例えば硫黄)に競合している試験薬です。酸素の化学作用は硫化処理、塩素化処理、また、リン酸化処理とさえ基本的に類似しています。酸素は空気に存在し、ほとんどの滑り接触に関与しています。硫化物、または他のEP能動要素の純粋な膜は実際の組織ではめったに見つかりません。例えば、EP潤滑が効果的であるとき、摩耗破片の大部分は酸化鉄であるということがわかっています。

 摩耗した表面上の高濃度の硫黄は滑らかな表面が酸素の豊富な層で覆われる間に焼き付きをおこした部位と一致することがわかりました。しかしながら、最近、焼き付きがおこらなかった場合でEP添加物により潤滑された時に、酸素が硫黄より高密度で摩耗した表面に凝縮していることがわかりました。純粋な窒素の空気を強要することによって酸素が周囲の環境から故意に除外される場合だけ、硫黄が豊富な膜は見つかりました。熱力学平衡の必要条件は、硫化物が最終的に酸素の存在下で硫酸塩と後の酸化物に酸化されるのを確実とします。高い真空下の綺麗な金属表面での酸素と硫黄の相互作用の研究において、真空下に酸素が入れられた時、おそらく鉄表面に硫化物として結合される硫黄の単原子層が徐々に酸化鉄に変化した事が判明しました。

 EP潤滑機構のこれらの特徴は機械の干渉を前提とした化学システムに関して解釈することができます。発生仕掛けている表面が繰り返し作られる凹凸の山でのはるかに迅速な処理であるため、硫化処理は起こります。犠牲膜からのどんな硫化物破片でも溶存酸素によって酸化された油で集められます。凹凸の山の間で、熱力学平衡に最も近い化合物、すなわち酸化物もしくは硫化物の酸化生成物を作る原因になる遅い腐食形態または化学攻撃は起こります。このEP膜の二重構造と形成は模式的に図8.47で説明されます。

 EP状態すなわち高温高荷重下での潤滑機構は添加物の存在によって間接的に制御されるだけです。したがって、潤滑機構は主にLe Chatelierの原理に従って機能します。状態が穏やかであるとき、システムは熱力学平衡に最も近い化合物を生成することによって反応します。一方、厳しい状態すなわち焼き付きの発生下では、化学反応は最も即時の妨害、大量の反応していない金属表面に反応します。その場合、金属表面を中和する最も速い方法が主な反応となります。酸素の役割の解明のさらなる複雑化は、正確にEP膜の構造を定義するのを困難にします。上で示したように、凹凸の山の化学反応と膜の形成は凹凸の間の区間と溝で起こっている反応と非常に異なる場合があります。表面の分析は表面の平均化学組成を提供する上で最も効果的です。しかし、例えば硫化物の表面の「地図」の確立は最新の表面の分析技術の適用を必要とするタスクが不可能でないとしても、非常に困難です。言い換えると、凹凸の山の小さいが重要な領域を見渡している間に、大部分の表面の構成を決定することは比較的単純です。単に硫化物膜の厚みが摩耗した表面で観察されたことから、EP膜が少なくとも1μmであることを大部分の仕事は示します。また、10から50nmの非常に薄い膜も提唱されたが、それらが犠牲膜であるにはまだ厚すぎます。

 図8.47 大気中に酸素が存在している中でのEP膜の形成と構造

 これらの「頑丈な」厚膜の存在が当初EP潤滑の証拠として使われました。滑り接触による厚い硫化物膜の急速な破壊は、凹凸の間で比較的摩耗されてない領域は別としてEP機構の中でそれらの生き残りを排除します。鋼表面上の硫化物膜の研究において、鋼上の硫黄による数時間の腐食物、例えば厚い硫化物膜はおよそ1秒以下の高速滑りの中で20回未満鋼の滑りが通過することにより破壊されることが判りました。凹凸の山にある生涯または一時的の凹凸の間の腐食部の蓄積にあるEP膜は最も見込みがあると提唱されており、図8.48に図示されています。

 図8.48 EP膜の見込みがある構造

 酸素は犠牲膜の科学作用を活発化させる強い化学試薬だけでなく、潤滑影響を改善させるということも判りました。硫化鉄上の脂肪酸の吸着熱は少量の酸化によって相当上昇します。未酸化の硫化鉄の吸着熱は酸化鉄と類似しています。これは酸素の役割が界面活性剤とEP添加物が添加物として同時に使用されたとき、吸着潤滑の温度限界範囲を広げるということを意味しているかもしれません。潤滑機構からの酸素の除去は最大荷重容量の増加なしでもより厳しい硫化処理を引き起こすことがわかったことから、酸素はEP添加物による過度な腐食も抑制すると考えられます。酸化物と硫化物の混合膜は荷重と滑りの特定の状況下では純粋な硫化物膜より非常に高い荷重容量があるとも判りました。摩耗傷での四球試験から表面の硫化物の比率と酸素濃度の比率から測った臨界荷重量のグラフは図8.49に示されます。臨界荷重は200℃までの円滑な滑りを許容する最大荷重として定義されます。

 図8.49 臨界荷重上の摩耗傷の膜中の酸素に含まれる硫黄の比率の影響

 酸化物膜だけが存在するとき、臨界荷重は非常に低く、主に硫化された膜により提供されたものより低くなります。硫黄と酸素がほとんど同じ量存在する時、はるかに高レベルな最大荷重が見つかります。しかし、これらのデータは膜の組成より凹凸の山の間の酸素と硫黄の相対的な分布のほうが関連があるかもしれません。

 化学組成に関するEP添加物の違いは摩耗傷の膜の酸化物、硫化物と硫酸塩の構成の違いからも明らかにされます。硫黄系のEP添加物によって潤滑される金属表面上の膜は酸化物、硫化物と時折硫酸塩の混合物から構成されています。各々の添加物は与えられた滑り状態に適した硫化物と酸化物の特徴的組成を示します。酸化物、硫化物、硫酸塩の相対的な組成は膜形成の間、硫化処理と酸化の比率に依存するかもしれません。硫黄元素が存在する時、硫化膜は非常に速く形成され、接触摩耗による除去までほとんど純粋な硫化物として残ります。より穏やかな添加物が使用される時、硫化物はゆっくり生じて、通常酸化物と硫酸塩によってかなり混入されます。

 酸素と対照的に、犠牲膜潤滑の水もしくは湿気の影響はほとんど研究されませんでした。一つの調査で水がEP添加剤の機能に干渉することができるとわかりました。しかしその影響の理由は提唱されませんでした。

佐久間 俊介 訳分



よりマイルドなEP添加物による潤滑メカニズム
 

 新生の鋼表面の硫化速度の測定はすべてのEP添加物が急速な反応速度を示すわけではないことを明らかとした。EP潤滑の犠牲膜のメカニズムはおそらく発生させることのできる唯一のメカニズムではなく、このテーマについては意見が分かれている。既存の理論の大半はEP__もまた吸着潤滑の修正された形態で機能していることを示唆している。硫化反応は必ずしも自発的だとは考えられていない。またEP__は初め表面上に吸着すると考えられている。この吸着は適度な荷重において有益な潤滑効果または磨耗の低減効果をもたらし、それはanti-wear効果と呼ばれ大抵AWと短縮される。荷重、すべり速度または作動温度の増加は磨耗した金属の鉄と反応させるために硫黄原子(またはその他の能動素子)を残しながら、磨耗した表面で吸着した添加物の分解を引き起こす。このメカニズムは図8.50に図解的に要約される。添加物が最終的に硫化膜を生成するために分解したとき、アルカンやオレフィンのような有機残渣分子が放出される。潤滑油に起因する極度の希釈のために、このモデルを確認するためのそれらの分子の識別は困難であることがわかった。添加物の吸着膜から硫化膜への変換は主に温度が最も高くなる場所での磨耗しているような接触状態で発生することも示唆される。磨耗している接触状態の外側では添加剤の吸着は支配的なプロセスである。それらの添加物は潤滑油の作動温度すなわち100~180度で急速に硫化膜を形成することが観察されていないため、このメカニズムはDBDSのようなよりマイルドな添加物にとって元素硫黄よりも適していると思われる。このメカニズムのモデルは図8.51に図解的に要約される。このモデルの未解決の側面はどのようにして吸着膜が同時に、対立している凹凸間の強力な凝着を防ぎ、硫化膜への分解を行うかだ。Adhesion and adhesive wearの章で議論されているようにさらにフィルム材料の単分子層は凹凸間の凝着を防ぐことが求められている。

硫黄以外の能動素子の機能
 

 リンと塩素は一般的に硫黄に似た潤滑効果を与えると思われる。リン酸塩基を含むリン化合物が金属表面とよく反応する場合、金属のリン酸塩皮膜が磨耗した表面に形成され、EP潤滑の負荷要領特性が増加する。リン酸トレクリジル(TCP)とジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDDP)は通常この目的に使用されるが第三章で議論したようにZnDDP中の亜鉛と硫黄は添加物による膜の形成をかなり複雑にする。リンの添加物は酸素の存在に頼っているが相互作用の明確なパターンはいまだ確立されていない。初期の実験だが酸素はTCPの潤滑効果を促進することが発見された。その他の研究ではZnDDPが実験されたがリン化合物以外のどれも酸素が存在している中で潤滑を強化しなかった。塩素はEP添加物中で能動素子として有効である。塩化脂肪酸エステルはリンまたは硫黄化合物のどちらよりも四球試験でより高い負荷要領を与えることが分かっている。真空中でのすべり実験は鉄の塩化物のたった1ナノメートルの膜の厚さはきれいな金属表面で摩擦を最小化するのに十分であることを示した。しかしながらおよそ50ナノメートルのより厚い膜は表面化の変形を抑えることが求められている。添加物に基づいた塩素による潤滑のメカニズムは硫黄と同じように犠牲膜を含むと思われる。塩素添加物の一つの制約は塩化鉄の低い融点である。滑り接触の過渡温度が680℃に達したとき塩化鉄の溶解は犠牲膜の不具合つまり焼き付きを引き起こす。添加物として使われる塩素のほとんどは有害、たとえば塩化パラフィンあるいは水の存在するところで塩酸を放出するために分解する。それら添加物への関心はそれ故に制限される。

二つの有効成分による潤滑

 EP潤滑は硫黄、リン、塩素だけにに制限されるだけではない。犠牲膜を形成するために金属表面と反応することができる成分は適切となる。スズを基にした添加物は表面上の鉄とスズを含む有機金属複合体を形成するために酸化鉄と反応し、また計画されている。複合体の研究は初期段階である。

二つの能動素子との潤滑

 実際の実験は二つの能動素子のコンビネーション、例えば硫黄とリンまたは硫黄と塩素などは一つの場合よりもより強い潤滑効果を与えることが明らかとなった。塩素化合物の不安定な性質から硫黄とリンが広く使われている。合成した添加物の影響は図8.52に示される。それはティムケン社のテストによるものだ。テストに使用された鉱油はジベンジルジスルフィドと亜リン酸水素ジラウリルだ。それらの添加物を別々、または両方とも使用することでリン、硫黄、リンと硫黄の焼き付き荷重での効果が明らかとなった。

横山 大地 訳分



 単体ではリン添加剤は硫黄添加剤に比べ効果がないが、リンと硫黄の組み合わせはどちらか一方のみの添加剤の作用より著しく良好であるとわかる。残念なことに、ティムケンのテストでは、実用的な機械装置の標準的な運転条件の見本でないかもしれない潤滑剤での厳しいすべり条件を与える。IAE(自動車技術協会)とIP(石油学会)による同じ添加物を用いて行った166ギアテストはリン系添加剤は硫黄添加剤よりはるかに低濃度で同じ焼きつきや破壊荷重を与えることを明らかにした。ティムケンのテストとギアテストの決定的な違いはすべり率である。ティムケンのテストは純粋なすべりを伴う一方でギアテストでは回転を兼ね備えたすべりのみを与える。硫黄はリン添加剤から形成される膜より純粋なすべりのせん断に対して耐久性がある表面膜を作る。

 硫黄-リン系オイルによる潤滑後の鋼表面の化学的性質も調べた。例えばティムケンの試験のような厳しい条件下で形成された磨耗痕に見られる膜は、大部分は硫黄から成っていた。しかしながら一般機械に特有のマイルド荷重や低すべり率の条件下では、リンが摩耗痕の膜で優位であることがわかった。膜の化学的性質対すべりの重要度のこのパターンは図8.53に概略的に示されている。

 図8.53から硫黄-リン系潤滑剤は潤滑性能にかなりの多用途性を提供するのが分かる。硫黄は異常に高い荷重と速度下において焼きつきを防ぐのに不可欠である一方、リンは正常な運転条件において低摩擦と摩耗率を保持する。

 図8.53 すべり条件の過酷な条件下における硫黄-リン摩耗痕膜化学反応の依存性

 硫黄対リンの相対的な利点は衝撃荷重下での効果的な潤滑を提供する能力の観点からも説明することができる。硫黄系添加剤は突発する荷重の増加中にのリン系添加剤よりもより優れた潤滑の提供、すなわち適度な摩擦係数を維持する傾向にあることがわかった。リン系添加剤は摩耗した表面上の摩擦やリンの蓄積の進行性の低下によって特徴付けられる。これらの場合には犠牲膜潤滑以外の働きが影響しているように思われる。もっともありそうなメカニズムは以前に議論された非結晶質層による潤滑に見える。

温度による損傷

 温度による損傷は油による潤滑において中間温度の比較的狭い領域に渡って起こる高摩擦を言い表すのに使用される用語である。この効果の例はリン酸トリブチルを添加したホワイトオイルの潤滑剤での四球試験による摩擦係数対温度の結果である図8.54に示されている。

 試験ではごくわずかな摩擦過渡温度を確保するために約2[GPa]の比較的高い接触応力と0.2[mm/s]の非常に低い摺動速度で行った。摩擦は室温で最初に適度だが100~150℃の間で最大に上昇し、より高い温度で急激な減少がその後起こる。この現象は鋼表面からの界面活性剤の脱離温度と最も急速な犠牲膜形成が発生できる低い温度間の著しい違いの結果である。この試験では、界面活性剤は白油中の不純物や酸化生成物でのみ構成され、比較的少なかった。実用的な油性製剤ではしかし、界面活性剤は脱離温度が犠牲膜潤滑の“開始温度”より高くなるように慎重に選択される。連携吸着と犠牲膜潤滑の採用により達成される広い温度範囲の概念は図8.55に示されている。

 脂肪酸のみを適用した場合、摩擦係数は臨界温度以下で非常に低く、その後急激に上昇していることがわかる。逆に、EP添加剤(EP潤滑中において)が単独で動作しているときには、摩擦係数は臨界温度以下で高いままで、その後急激な下降がある。これら2つの添加剤の種類が合わされたとき、効果的な潤滑、すなわち広い温度範囲で摩擦係数が低い状態が得られる。温度による損傷のこのモデルは吸着と犠牲膜潤滑のメカニズムは完全に独立していることを前提としている。部分的に酸化された硫化物膜の形成は温度損傷の範囲は必ずしも単独で働いた脱離と犠牲膜形成間の正確な温度差でないため脱離温度に影響を与えることができる。

 図8.54 温度に対するリンのEP潤滑剤の実験的摩擦特性

 図8.55 潤滑機能の広い温度範囲を確保するための吸着と犠牲膜潤滑の同時適用

犠牲膜メカニズムの速度制限

 この章で説明したように、厳しい荷重をかけられた表面に形成された犠牲膜は連続的な摺動接点の間に改善するための時間のいくらかの有限周期を必要とする。ほとんどの研究では、潤滑油の性能において重大な制限を与えないようにとても形成時間はとても短いことをを前提としている。これは、例えば、EP添加剤は低摺動速度でのみ焼きつき前の最大荷重を高める上で効果的であることがわかった。ピンオンリングマシンを使用して純粋なすべり条件下で行われた低速度試験では、EP添加剤が存在した場合、なにも加えてない油に比べて2倍に焼きつき荷重は増加した。より高い速度でのEP添加剤焼きつき荷重に影響を及ぼさなかった。それは急速に犠牲膜は形成されず、その結果EP添加剤は効果がなかったと推測される。

柴野 雄介 訳分



摩耗表面のトライボエミッション

 トライボエミッションとは、摩擦や摩耗の過程での反応として電子、イオン、光子が放出されることを表す用語です。トライボエミッションに関するメカニズムは複雑であり、詳細には知られていない。しかし、トライボエミッションの研究が先行することは、摩擦接触中に発生する摩擦化学反応を知る上でも必要なことであると考えられている。もっともよい研究としては、すでに言及されている低エネルギー電子(図8.44および図8.45)の放出に関するもので、エキソ電子と呼ばれるものである。そのメカニズムの一つとして、電子のトライボエミッションを含め提案されており、以下に説明する。

 摩耗表面の亀裂が生成されている間、結果として摩耗表面の重度の変形が起きる。一般的に、亀裂が生じた場合、亀裂とは反対側の面は電子の不均衡状態となる【126-128】。この不均衡は、陰イオンと陽イオンの交互の層で形成されるイオン性固体の中で特に明らかである。例えば、酸化アルミニウムで亀裂が進行しているときに、ある亀裂側では酸化物イオンを含むが、反対側ではアルミニウムイオンを含むでしょう。亀裂の反対面の間のわずかな隙間が大きな電場勾配の形成を引き起こす(電場勾配は反対側の電荷との間の距離によって制御される)。この電界は、陰イオンから電子の脱出を引き起こすのに十分である。それは陰イオンから離脱した電子のすべてが、反対側の亀裂表面上の陽イオンによって収集されたとは限らない、と考えられている。これは結果として、トライボエミッションもしくは滑り作用下の広域な環境への電子の放出をもたらす。現象については図8.56に模式的に示されている。

 真空下での乾燥した滑り実験において、金属の高電子移動度が、亀裂に沿って電子分布を均等化する傾向を見せるため低い傾向を示すのに対し、セラミックスはイオン性結晶構造のため、強い電子のトライボエミッションを示す。トライボエミッションは空気中での摺動時や潤滑油の中での潤滑下においても発生するが、電子の空気中での道程が容易に発見されないのは、真空中の電子の道程と比べてはるかに短いためである。水および他のガスや液体は、電子を放出しようとしている亀裂箇所の露出表面上の化学吸着による電子のトライボエミッションに影響を及ぼす可能性がある。ガンマ線などの高エネルギー放射線による照射が、トライボエミッションのレベルを大きく引き上げるといった摩耗表面の活性化をするように見える;この現象の詳細な物理的原因はいまだに不明な点が多い。

 プラズマイオンとマイナスイオンのトライボエミッションは、光子として、様々な圧力でのn-ブタンにおけるセラミックスとの摩耗の間に検出された。この場合の摩耗のメカニズムは、電荷が離れる際に摩耗面上に発生する高電界によりガス放電が起こるという観点から説明ができる。イオン化されたガス分子は、元のガスとは異なる分子を生成し、再結合する。全く異なったトライボエミッションのメカニズムもまた、同様なセラミックダイヤモンド研磨剤の接触のために提案された。ダイヤモンドによって傷つけられた酸化マグネシウムのトライボエミッションから、固相の摩耗によって形成された励起の欠陥に起因するものであった。

 トライボエミッションは、境界潤滑条件下で、酸化や潤滑剤の重合などといった化学反応を加速させ、またそれは、メカニカル活性化の一例である。トライボエミッションは、摩耗や摩擦を低減する表面膜の形成を促進する場合は有益であるが、これらの膜もしくは潤滑剤が、汚泥や他の堆積物を生成するために分解されると有害である。したがってトライボエミッションが、摩擦化学反応を引き起こすかどうか、あるいはこういった反応が摩耗や摩擦の特性にどう影響を及ぼすかを知っておくことが大切である。

境界と非金属面のEP潤滑

 この章における境界とEP潤滑に関しての議論のほとんどは金属表面での潤滑のことを指している。セラミックスのトライボロジー用途への関心の高まりは、特に高温においてのセラミックスの境界潤滑についてのより多くの研究をもたらした。EPと洗浄性のあるタイプの添加剤の両方は四球試験において、窒化ケイ素の境界潤滑層を形成することが発見された。EDXの分析によると、窒化ケイ素においての摩擦化学反応は、同じ洗剤タイプの添加剤が使用された鋼の表面において見られた反応とは異なっていたことが明らかとなった。セラミックスは金属よりも反応性が低いので、多くの場合における典型的な吸着と抗摩耗添加剤の有効性は、セラミック-金属間の接触に比べセラミック-セラミック間の接触における場合の方が低いだろう。犠牲リン酸鉄の膜は、オレイン酸やTCPの気相潤滑での鋼に対する摺動時に窒化シリコン表面において検出されたが、triboreactionは鋼表面において起こる。自己交配の窒化ケイ素が同じ気相において潤滑したとき、非常に高い耐摩耗性を表した。

 いくつかのセラミックは摩擦化学反応の起爆剤となり、またイオン性セラミックは共有結合したセラミックよりも反応性が高いように見える。例えば、真空中での摩擦試験において冷媒ガスであるHFC-134a(化学式CF3CH2)は、アルミナボールに対しての滑りで、0.1大気圧程度のHFC-134aでのアルミナとジルコニアにおいての摩擦係数が高真空中での約0.8から約0.2までの減少をもたらす結果と発見された。

 およそ0.8から0.4への摩擦係数の小さな減少も、アルミナに対する窒化ケイ素と炭化ケイ素の摺動によって観察された。摩擦係数の減少は、摩耗したセラミック表面にフッ化物膜を形成するためのHFC-134aの分解と関係していた。これらのセラミックス表面の化学的性質はまだ完全には理解されてはいないが、表面膜の形成は例えばフッ化アルミニウムなどにとって有益なものであるかもしれない。

 一方で、酸化物および水酸化物の犠牲膜による境界潤滑は、セラミックは金属に比べはるかに効果的である。例えば、窒化ケイ素はtribocontactの中で形成された水酸化アルミナと酸化ケイ素の薄い層によって潤滑することができる。金属表面上のEP犠牲膜とは対照的に、セラミック酸化物とセラミック水酸化物は高温を生成する必要はない。

要約

 油性潤滑剤と表面(たいていは金属表面)との間の化学的、物理的相互作用による潤滑は実用的な機械の動作にとっては不可欠である。この4つの基本的な潤滑形態が知られている。

 ① 摩耗表面に近いところでの超粘性層の形成

 ② 吸着された界面活性剤の線形単分子層によって酸化された金属表面の保護膜

 ③ アモルファス破片のような細かく分解され閉じ込められた層による接触面の分離

 と、摩耗した金属表面上の腐食性生成物の犠牲膜の温度依存性の形成による極圧力での金属同士の接触の抑制である。各潤滑機構は、長所と短所を含んでいるが、それらは流体力学や弾性流体潤滑のような潤滑機構では効果を発揮しないような条件下の潤滑において耐摩耗性と摩擦の低減に貢献している。これは、油への比較的安価でシンプルな化学物質の添加により達成される。これは摩擦と摩耗の観点からどの添加剤が適当であるかを正確に説明することができる。しかし、化学的仕様から潤滑性能を予測することは依然として不可能であり、はっきりとした有用性のための試験について研究が行われている。この役割は、今後の課題研究として残されている。